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2006年07月27日

海の職人~水先案内人~

 こんにちは。只今7/27(木)の正午。名古屋は連日30℃を超える猛暑です。相当暑いですが、スカッとして良い感じです。一方で九州地方を中心に水害の被害が広がっています。地域住民の皆様には心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復興をお祈り申し上げます。

《水先案内人?》
 7/25(火)早朝より伊勢湾で“水先案内人”の方々のお仕事を視察してきました。今回の視察は、今年の通常国会において実施された海上物流基盤強化に関する海洋法等の改正の中で“水先案内人”を拡充するための法改正も含まれていたことを受け、伊藤が「飛行機ですら自動で飛ぶ時代に、湾内で船を先導するための人間を補充するのは時代に逆行するのではないか?」との質問をしたことに端を発したものです。
 今回は5万トンの貨物船に乗船させていただきました。湾内には大小様々な船舶が航行しており、また水深も一様ではありません。加えて全ての船が統一規格ではないので、最新鋭のレーダーを備えたものもあれば、肉眼に頼って動く小さな船もいます。よって、その湾内の事情を熟知した“水先案内人”の方々の技によって最終的には安全を担保しているのです。簡単に自動化などと考えた自分が浅はかであったことは、乗船をしてすぐに理解しました。特に全長300mにもおよぶ大型船舶を桟橋に寄せるときの技量はすばらしいものがあり、まさに“海の職人”と呼ぶに相応しいものでした。

《海の重要性》
 日本は島国であり、海を通じて他国と交流をしています。輸出入されている貨物の実に99%以上が船によって運ばれているということを皆さんご存知でしたでしょうか?海洋物流の活性化は日本の物流、ひいては産業の発展にとって非常に重要な要素なのです。
 その一端を担う“水先案内人”。もちろん今後も船の自動化は進化を続け、いつかこの仕事も機械にとって代わる日が来るかもしれません。しかし、どこまでいってもその機械を使うのは人間です。人間の技が低下し、機械がブラックボックスと化したとき“安全”が損なわれる気がするのは私だけでしょうか。どこまでも真ん中に人間がいる。そんな制度設計が何事においても重要であると考えます。

投稿者 いとう渉 参加・訪問・視察コメント (1)

2006年07月20日

北朝鮮の弾道ミサイル

 こんにちは。本日は東京にて執務をしております。北朝鮮のミサイル問題について外務省より報告を受けたのであらためて皆様に御報告します。

《国連安保理決議》
 7/15(土)15時47分頃(ニューヨーク時間。日本時間7月16日(日)4時47分頃)、国連安保理は北朝鮮による弾道ミサイル発射を非難し、北朝鮮に対し、●弾道ミサイル関連活動の停止●ミサイル発射モラトリアムの再確認●六者会合への即時復帰●昨年9月の六者会合共同声明の早期実施に向けた作業等を求めること等を内容とする決議1695を全会一致で採択しました。

《背景にあるもの・・・》
 何故ミサイルを発射してしまったのか?その背景には北朝鮮の「貧困」があると考えられています。あろうことか北朝鮮指導部は麻薬の密売や偽札の資金洗浄で資金確保をしていたとも言われ、それがアメリカの経済制裁によって行き詰まり、最終的にミサイル発射という暴挙に出ることでアメリカとの交渉の突破口を開こうとしたと考えられます。全く恐ろしい指導部と言わざるを得ません。
 一方で、その国に住む国民には我々と同じく家族があり、誤った国策により貧困に苦しむ犠牲者であるという認識もあわせ持つ必要があると思います。よって、どこまでも対話による解決が主体となるべきで、万が一、武力に訴える行動に出るならば、次はその国が国際社会から非難されるべきものと考えます。国と国の争いでいつも犠牲になるのはそこに住む名も無い民衆であることを決して忘れてはなりません。

《地球という視点》
 政治において国益を考えることは当然です。しかしその国益を論ずる時、一国という狭い視点で物事を推し量れば道を誤ると考えます。既に世界各国は切っても切れない関係であり、地球という一つの星の中でいかに共存するのかという一点で知恵を出していかなければならないのではないでしょうか。そのために出来るところから一歩前進を開始して参ります。

投稿者 いとう渉 ご報告コメント (0)

2006年07月14日

『国会休会中は何をしている??』

 こんにちは。今は7/14(金)の午後。午前中は愛・地球博記念公園、愛称:モリコロパークの開園式典に出席。午後は名古屋市内の企業訪問をしながら、その合間でブログを書いてます。

《国会休会中の動き》
 国会議員は国会が無いときは何をしているの? そんな疑問をお持ちの方もいらっしゃるかなと思います。そこで今回は伊藤の動きを紹介しながら、休会中の活動の一端をご紹介します。

 7/1~7/5にかけて中国を訪問してきたことは前回のブログでご報告しました。こうした海外関係者との交流を通して、議員として海外の要人との親交を深めることも大切な仕事の一つです。“外交”といっても、つまるところ人間対人間の繋がりに尽きる訳ですから。

 週末は、党員やご友人の皆様にお時間を頂き、国政報告会などを開催しています。また、お世話になっている方々の様々なパーティーや式典にも来賓として参加したりします。大勢の方を前にしての挨拶も結構緊張するものです。ちなみに、先輩議員からは“緊張しなくなったら終わりだぞ”とご指導頂いたことがあります。“お集まり頂いている方々に何かを伝えよう、少しでも満足してもらいたい・・・、そうした想いがある限り緊張して当たり前なんだ”と話してくれました。全くそのとおりだと今も胸に刻む大切な教訓です。

 平日には週2日~3日は東京で仕事をします。6月末から7月初旬にかけては来年度予算の骨格を決める、いわゆる“骨太の方針”の策定。その後、各団体から予算編成に向けての要望を聞いていきます。また地方自治体からは概算要求と言われる概ねの予算要求を提示していただき、様々な議論を通じて国家予算の編成をしていきます。今の時期はちょうどこうした予算編成に向けての要望事項等のヒアリングをしています。

 残された時間で、企業訪問や地域を回るわけです。応援して頂いている御礼も兼ねながら、国で整備をしている様々な法律・政策が実際に運用される中でどうなっているのか? 不具合はあるのか? どこをどう改善していけば、より良い制度が構築できるのか? そんな問題意識を持ちながら、いろいろなお話をさせていただく中で国政へフィードバックをしていく訳です。そういう意味で、こうした訪問活動は非常に重要な活動であると思います。

《もうすぐ夏》
 今日の名古屋はまさに夏本番の暑さ。大好きな季節到来です。私は海よりも川が好きな方で、時間があれば川でバーベキューをしたり、花火をしたり、短い時間であっても父親としてもがんばりたいと思います。“全てやりきる!!”そんな心意気で精力的に行動していきます。ではまた、失礼いたします(^^)

投稿者 いとう渉 ご報告コメント (0)

2006年07月07日

『初の訪中を終えて』

 こんにちは。ご報告が遅くなりすみません!

 7月1日(土)から7月5日(水)にかけて、日中議会交流委員会の一員として初めて中国の大連及び北京を訪問しました。この交流プログラムは、河野洋平衆議院議長と中国・全国人民代表大会(以下、全人代)の呉邦国常務委員会委員長との間で提案され、昨年からスタートしたものです。今回の訪中団は自民党の佐田玄一郎衆議院議員を団長として各党から総勢9名で構成され、公明党からは私が代表として参加させていただきました。

《臨海都市・大連》
 初日から2日間は大連を訪問。大連市人民代表大会常務委員会の李永金主任(日本では市議会議長に相当、以前は大連市長を歴任)らと意見交換の機会を得ました。李主任が市長であった時、日本の47都道府県のうち39箇所を直接訪問し、企業誘致に尽力するなど精力的なトップセールスの結果と、年々取扱量を増やし続ける大連港に隣接するという地理的条件の良さから、大連には3,000社を超える日本企業が進出するようになり、2005年の大連市単独のGDPは前年より14.2%も増加するなど、その発展ぶりは目を見張るものがあります。街並みからもその発展ぶりは十分認識でき、至る所で再開発が行われ、若干荒削りなものの市街地は非常に洗練された空間となっていました。それにしても、市が単独でGDPの推移に着目していることからも分かるように、日本と比較すると地方の力が非常に強く、各省・各市の競争によって国全体の経済力の向上が図られているという印象をもちました。

《首都・北京にて》
 2日目の夜から北京に移動し、3日目から最終日にかけて全人代の呉邦国委員長や路甬祥副委員長をはじめ、唐家セン国務委員、劉延東政治協商会議全国委員会副主席らと会議を行い、現在の日中関係について、当初の予定を2時間近くオーバーするほどの活発な意見交換を行いました。中国の方々からは“和すれば双方に利益をもたらし、争えば双方の利益を損なう”との胡錦濤国家主席の一貫した考えに基づき、日中友好への情熱こもる発言が相次ぎました。日本側からも佐田団長をはじめ各議員から、現状を憂い、日中国交正常化当時の原点を再確認し、未来志向で日中友好にかける心情が語られました。私からは、公明党は神崎代表以下一致団結して、現在の日中間の軋みの原因となっている総理の靖国参拝に明確に反対し続けていること、そして引き続きあらゆる交流を通して日中友好の“金の橋”をより一層強固なものとすべく努力し続ける旨をお伝えしました。

《おわりに》
 中国を訪れて肌で感じた感覚は、とても初めて来た国とは思えない、温かなものでした。道を行く人々、街並み、田園の風景等々、どれ一つとっても同じ文化圏であることを再認識し、日本がこの国から受けてきた恩恵の数々、そして恩を仇で返すような行為に臨んでしまった過去の歴史を思うとき、アジアの一員として我が国がとるべき行動は自ずから決定づけられていく、そう思えてなりません。“一番そばにいる人を愛せない人に、どうしてより多くの人々を幸福にすることができようか”。先哲の箴言に耳を傾けつつ、一人の政治家として更なる努力と忍耐で、本当に皆様のお役に立てる実力をつけなければ・・・ あらためて決意いたしました。

投稿者 いとう渉 参加・訪問・視察コメント (0)

 
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